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アンコムチュア

Author:アンコムチュア
ベトナムのごはんが、大好きです。

今はホーチミン市に住んで、ローカル食堂や路上の屋台で、ベトナムの庶民料理を食べ歩きしています。
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日々の食事を通して、ベトナムの食文化を知ることを、ライフワークにしています。

そして、ベトナム語の達人になりたい。南のホーチミン弁、北のハノイ弁、中部のフエ弁をマスターし、ベトナム人を驚かせたい。

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ラオスの歴史を学ぼう
あと10日で、ラオスに旅行です。
旅行は、おもしろい。
その国でしか食べることのできない物を食べたり、文化に触れたりできます。

<地図111>
ちず111

ラオスの位置は、色のついているところ。

ベトナムを拠点にして、近隣の東南アジア諸国の旅行を楽しんでいます。
タイ、カンボジア、マレーシア、インドネシア、台湾には行ったので、6か国目です。

でも、ただの観光旅行、ただ名物料理を食べただけではつまらないので、旅行前にはその国のことを調べて、自分の知識を増やしたい。

その国の歴史背景がわかると、興味が増します。
そしてベトナムとの関係がわかると、より興味が増します。

今日は、「ラオスの歴史」を整理です。
世界遺産のまち、ルアンパバーンと、首都のビエンチャンに行きますが、どんな歴史背景のある町なのか知りたい。



<地図112>
ちず112


<ラオスの歴史・概略>

① 14世紀の、ラーンサーン(百万頭の象の意味)王国の時代から整理。

② 1353年、ファーグムがラーンサーン王国を建国。
・タイ系民族の一派、ラーオ族が定住していたムアンを一つにまとめた。
・ムアンサワー(現在の、ルアンパバーン)に、都をおく。

③ 16世紀のセーターティラート王の時代が、最盛期。
・1560年、ビルマの侵攻を避けるために、ビエンチャンへ遷都

④ 17世紀のスリニャウォンサー王の時代に、王国は仏教・芸術の最盛期を迎える。

・スリニャウォンサー王の死後、王国は分裂。
・1707年、ビエンチャン王国と、ルアンパバーン王国に分裂。
・1713年、ビエンチャン王国から、チャンバーサック王国が分裂。

⑤ 勢力は衰え、1770年代末には、3王国はすべて、シャム(タイ)の属国あるいは朝貢国として、支配下におかれる。

・1827年、ビエンチャン王国の国王となったアヌ王は、シャムに反抗したが失敗。
・1828年、もう一度反抗をしたが敗れる。(アヌ王の独立運動)

※ アヌ王は、シャムに捕らえられ、バンコクで死亡。
※ ビエンチャン王国は、廃絶。ビエンチャンの町は破壊される。

⑥ ルアンパバーン王国は、シャムとベトナムに朝貢して、かろうじて存続。
それに目を付けたフランスが、植民地にしようとやってくる。

・フランスが、シャムにメコン川以東の領土を要求。 → シャムは認めなかったが、最終的には武力で認めさせる。

1893年、フランスーシャム条約が締結され、メコン川以東、現在のラオスとほぼ同じ領域が、フランス植民地「ラオス」となった。

⑦ フランスは、ルアンパバーン王国を保護国として、王国の体制を存続させたが、国王には何の権限もない。

⑧ 第2次世界大戦が勃発し、フランスがドイツに降伏すると、日本は弱体化したフランスにインドシナへの軍隊の駐留を認めさせ、タイは失った領土の一部(カンボジアとラオスの一部)を取り返した。

⑨ 1945年3月、日本軍がクーデターを起こし、インドシナを単独支配すると、フランスのインドシナ統治は一時中断する。

⑩ 1946年には、フランスがラオスの再植民地化を開始し、ラオス臨時人民政府はバンコクに亡命。= インドシナ戦争が始まる
・フランスは、ルアンパバーン国王を擁立し、ラオス王国を成立させる。
・1950年、反対組織が、「ネオ・ラーオ・イサラ(ラオス自由戦線)」を組織し、フランスへ抵抗。

⑪ 1953年10月22日、フランス・ラオス条約により完全独立を達成した。

独立後、ラオスでは右派、中立派、 左派(パテート・ラーオ)による内戦が長期にわたって続いた。

⑫ 1974年、三派連合によるラオス民族連合が成立したが、1975年南ベトナムのサイゴン陥落後、1975年にはパテート・ラーオがラオス全土を制圧、同年12月に王政を廃止してラオス人民民主共和国を樹立した。

1975年 - 共産主義のラオス人民民主共和国が成立。
1980年 - タイと国境紛争。
1980年 - ラオス人民革命党、中国共産党と関係断絶。
1986年 - 新経済政策(ラボップマイ)を導入。
1987年 - タイと国境紛争、タイ空軍機1機が撃墜される。
1988年 - ラオス人民革命党、中国共産党との関係改善。
1991年 - 憲法制定。ラオス人民革命党の一党独裁体制維持を確認。
1992年 - カイソーン大統領死去。
1997年 - 7月23日 東南アジア諸国連合(ASEAN)に加盟。


<地図113>
ちず113

これから旅行で訪れる 「ルアンパバーン」と、「ビエンチャン」 が、どんな歴史をたどった町なのか、概略がわかりました。

これがわかっていると、ラオスで歴史博物館に行っても理解ができます。
東南アジアの歴史について、もっと理解を深めたい。

※ ベトナムは、社会主義共和国。
※ ラオス人民民主共和国は、人民革命党(共産党)一党支配による、社会主義体制。


ブレイクタイム
かふぇ10

外は暑いので、カフェで休憩。
小腹が空いたので、サンドイッチを食べたら大正解。

35,000ドンと安いのに、おいしい。
ドリンクは、スイカのジュース。うまいです。

午後はここでまったりと、ラオスの歴史を勉強です。


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18ラオス旅行 | 09:53:56 | コメント(0)
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